良い音だから人は感動するわけではない。

昨日はなぜかとても感動した演奏会だった。

技術はべつに特別うまいわけでもなく、それこそ中学生という感じの演奏会。

3年生の最後ということもあったのかもしれないが、それにしても演奏会そして音楽に感動してしまった。

ここ最近は楽器を演奏することが辛かった時期。なぜかといえば自分の音が認められないから。吹いてると自分の音が満足できない。もっといい音がするはずなのにと。。。

けど昨日の演奏会は違った。楽器がオーバーホールから戻ってきてすこぶる調子が良くなったのもあるかもしれないけど、楽しく吹くことができたし、なにより、演奏することがただ楽しかった高校生や中学生の頃の気持ちになれたのです。

そこで気がついた。自分が気にしていたことは大したことじゃないんだって。技術よりも大事なものがあって、人を感動させるのはすごい技術やめっちゃいい音ではなく、音楽や心なのだということ。

ゲネプロの段階からホールの響きもあってか、とりあえず今日はめっちゃ楽に吹いてみようっていう気持ちで臨みました。ブレスもかる~く、吹き方もかる〜く吹いてあげるとものすごく音は楽に出ました。しかもポンッと軽く出すことができます。まさかと思い、フォルテで吹いてみたところ音抜けも良く、初めて音が飛んで行く感覚がしました。実際はどうだかわかりませんが、抜ける音だということはわかりました。

この感覚は、高校生や大学1年生の頃の感覚に似ています。
そこからいろいろあって、気持よく吹けなくなっていった背景があるのですが、なんとなく今回は思い出せたかもしれません。気持よく吹けた。

実際の音がこれでいいのかどうかはわかりません。けど、吹くのは楽になったし疲れにくいので少しこの状態を維持できたらなと思ってます。何か問題があるようならまた考えます。

最近の背中の張りとか、肩こりとかも割りと少ない。
原因はどうやらそこにあったのかもです。

いい音を出すために、ブレスをたくさん取るようにしていましたが、かなり無理に吸っていたようで、吸った時点で力が入ってしまったようです。いい音楽をするためにではなく、いい音を出すためでしたので、いい音楽を奏でるための手段に過ぎないのだと思いました。

人を感動させる為に、いい音があって、いい音楽なのか?
そうではない、技術よりも心。いい音楽を奏でようという心があって、いい音楽になり、結果それがいい音だったのかもしれないということ。

先生が言っていた。
「昔のほうが良かったっていうのが嫌で、あの頃はよかったけど今が一番良い。」

確かに時期はいろいろあるけど、今回の演奏会が自分にとって一番自身にとって一番良かったのかも。上手い下手ではなく。演奏させてもらえてよかった。

バイトに行って、泳いでこようと思ったが、休館日だった。。。
これから音源編集です!

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